「勉強しなきゃ」
この言葉、人生で何回使っただろうか。
なぜ僕は、「勉強しなきゃ」と思うのに、しないのか。テスト前になろうとも、その言葉を心の中で反芻しながらも、実行に移せないのか。なぜ放課後、大学の図書館によることもせず、「家で勉強すればいいや♪」と思いながら帰宅し、「とりあえず帰るの疲れたし、休憩しよ。」とコーヒーを飲みながらアニメを見て、「あ、もうこんな時間、晩御飯作らなきゃ。」と言って、晩御飯を作り、それを食べ、「片づけ疲れたし休憩。」となにかとかこつけてパソコンポチポチ、スマホポチポチしてたら時計の針は12時を刺そうとしている。おかしい。一日が短すぎる。
昔からこんな癖が抜けない。テスト勉強というものが苦手なのだ。というか、インターネットの普及した時代になぜテストなるものをしなければならないのか。自分の頭の中に記憶なんぞせずとも、なんでもグーグル先生は知っているではないか。つまり、テストなんてものは不要なのだ。ならばなぜテストを行うのか。それは単位を取らせないため。そうして単位を落として留年した学生から学費を巻き上げるためである。これは大学側の陰謀である…話がそれてきた。
そもそもである。テストという現実から逃れるための手段が、この現代社会においては多すぎる。責任者は誰か。
とくに、大学生になってからというもの、自己管理がさらに難しくなった。いや、自己管理が難しくなったのではない、管理してくれる人、環境がなくなってしまったのだ。つまり、もとより僕には自己管理という概念が欠如していたのだ。小中高、浪人時代、すべてにおいて環境に僕は管理されていたからこそ勉強できていんたのだなと、大学に入ってから気づいた。
大学における自由とゆうのは諸刃の剣である。自己管理のできるものは、極限まで時間を有効に使い、勉強や部活、バイト、趣味にいそしむことができる。だが、己を律することができないものは、なにを達成することもなく、ただ時間を浪費して過ごし、残ったものは何もない、なんてことも十分ありうる。なんと恐ろしいことか。
自分はどうか。確かに自堕落な生活で無駄にしている時間もたしかにある。だが、僕が主に時間を費やしていることとすれば、アニメを見たり本を読んだり、ゲームしたり、サークルだったり、、、うん、すごく有意義だ。実に有意義である。こんなに有意義な時間の使い方があるだろうか、いや、ない。
だが、この時間の使い方にはいささか問題がある。そう、遊びに時間を極振りである。典型的なダメ大学生である。しょうがないから、時間を有意義に過ごしてるから人生的にはセフセフとか言って自分を慰めているだけである。そう、今書いているこの文章も、「勉強も大事だけど、 ブログを継続することも大事だよね☆」という現実逃避に過ぎないのである。
そろそろ自分を変えるべきである。と、心に誓ったのはいつだっただろうか。それすらも覚えていない。なにかいい方法はないものか。そうだ、ブログだ。ここで一発自分に喝を入れればちょっとはやる気が起きるのではなかろうか。そう、人は誰かに決意を宣言したらば、自分の内に秘めるよりも、その決心は固くなると聞いたことがある。以下自分を振るい立たせる言葉。
逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ…!!
そうシンジ君も言ってたじゃないか。きっと明日も、いや、この先ずっと、「勉強したくないよぉ」と弱音を吐き続けるのであろう。だが、やるしかないのである。テストの日はやってくるのである。現実逃避している暇があるのなら、体を動かせ。
動け、動け、動いてよぉ!!
そう言いながら、シンジ君も頑張ってコックピットのハンドル部分を必死に動かしていたじゃないか。
がんばれわし。負けるなわし。がんばれがんばれできるできるうおー。
よし、なんかいける気がしてきた。とりあえず明日はちゃんと起きて朝ごはんを食べ、しっかり1限に出てテスト勉強をする、これを目標にするぞ。
おやすみなさい。
コメントしようとしたら昔の俺がスターをしていてびっくりしました。とどうでもよいコメントです
勉強めんどくさいのは毎日思っています
そして、毎日勉強していません笑
コメントありがとうございます!!
ほんと勉強ってなんでこんなにやる気がでないんですかね(笑)